水を撒いてくれ!

とりとめない思考の垂れ流し、または備忘録

SOYやっ!

ぼくが小学生中学年の頃の話。ある日学校が終わって家に帰ると母さんがいた。台所に立って野菜をトントンと刻んでいたのだ。

「あらおかえり」

平然とした顔で言って料理の続きに取り掛かる母さんの後姿を見ながら、ぼくはその不思議な光景をぼんやりと眺めた。それというのも数年前からパートをはじめた母さんはぼくが帰る時間にはまだ家にいないのが普通だったからだ。ぼくが帰宅して一時間ぐらい経ってから帰ってくるのが当たり前になっていた。

自分の部屋で鞄を下ろしながらぼくは必死に考えた。「なんでいるんだ?」「仕事は?」「やめたのか?」ぐるぐるぐるぐる。

母さんがあまりに普通な感じでいるものだからなんだか「どうしたの?」とも聞けない。台所に戻り冷蔵庫からコーヒー牛乳を出して飲む。美味い!いや、そうじゃなくて。

ぼくがあまりにも隣でジロジロ見ていたせいか母さんは急に吹き出した。

「あんたそんなにじーっと見られたらお母さんごはん作れんやない」

そんなことを言われるとなんだかものすごく恥ずかしくなってぼくは居間に行くとテレビをつけた。当時クラスで流行ってたアニメ番組を観る。ぼくもすごくハマっていて夢中になっていた。

番組が終わるとやっぱり違和感がある。なんせ普段はいないはずの時間にいないはずの人がいるのだから。一人っ子のぼくは寂しいということもなく逆にその一人の時間が好きだった。なんだか自分の世界に侵入された気分になっていた。

自分の部屋に行き、普段はこの時間にはほとんどすることのない宿題をやる。集中できない。ベッドの横に転がった漫画雑誌を手に取る。数ページで断念。コップの中のコーヒー牛乳を飲み干し台所へ行く。

すると甘辛いような匂いがふわっと香った。蓋がしてあって中は見えないが一瞬で鍋の中身がわかった。鶏肉、こんにゃく、にんじん、その他諸々。好物の一つ、うま煮の匂い。ついつい顔が綻ぶ。もう一つの鍋では揚げ物。こちらも好物の手羽先餃子。タレに浸けられた肉が美味しそうな光沢を放つ。

もうなぜ普段いない母さんがいたのかなんてどうでもよくなる組み合わせ。たまらなくお腹が減る。そんな組み合わせ。

「ちょっと早いけどこれ揚がったらごはんにしょうか」

「うん!!」

ぼくはエサを前にした犬状態だったと思う。

 

テーブルに並んだのは、うま煮、手羽先餃子、豆腐とわかめの味噌汁、婆ちゃんちの糠漬け、それに炊き立てのごはん。ぼくは勢いよく掻き込む。なんせ育ちざかり。おかわりも一回じゃ済まない。それで育ってきたからっていうのもあるけど、ぼくは母さんの手料理、味付けが大好きだった。美味しいごはんを食べるのって最高に幸せだ。

 

無事完食して聞いた話によるとたまたまその日職場でトラブルがあって早く帰ってこれただけらしい。

 

甘辛い匂い。醤油の匂いっていうのはずるい。それだけでもいいし、他の調味料と混ざり合っても美味しい匂いを放つ。味噌も。

日本人には遺伝子レベルでその匂いが染みついてるんじゃないかってぐらい心を揺さぶられる。甘かったり辛かったり、超有能。

大豆って偉大だ。

 

 

今週のお題「調味料」