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水を撒いてくれ!

とりとめない思考の垂れ流し、または備忘録

ずれ

相棒の話は一旦休んで、最近感じていることを。

 

ぼくは子供の頃からどこか周りとずれている感じというか、疎外感みたいなものを受けながら生きてきた。幼稚園や小学校でクラスの子たちと違うものの見方をしてしまうというか、授業であてられて自信満々で答えるけど、その答えに先生が困るというか。「え?これってこうだと思ってたけど違うんだ?」みたいな。
これって結構多くの人が体験しているんじゃないかと思うんだけど、どうだろう?

小学生ぐらいのときは、まあなんとかなったんだけど、成長するにつれずれが大きくなって、そこに自分が戸惑うことも多くなった。中学生にもなると、自分の育ってきた環境もあってさらに倍率ドンみたいな。古いな……。
その頃のことを最近思い出すことが多くて、自分自身のこれまでの歩みを振り返ったりしている。大袈裟な言い方になるけど自分の人生、生き方を見直すというか。

それで、まあ後悔が多い。勿論それなりに生きてきたから嬉しい瞬間や素晴らしい、素敵な瞬間もいくつもあった。胸がぎゅーっとなるようなことも。
それでもやっぱり「あのときああしとけば、こうしとけば」みたいなのって多くて。それが生きるってことなのかもしれないけど、そのことを思う度にちょっと心臓の横辺りがざわざわするんだ。いろいろと振り返って、自分ってあんまり成長してないなって落ち込むことも多い。いい大人なのにぐじぐじ考えたり、どこか卑屈な自分もいて。

これは誰だってそうだと思うけど、ぼくも生きている限り誰かに必要とされる人間でいたい。しかも小心者のくせに欲張りなものだから、少しでも多くの人に。また大袈裟なんだけど、ぼくが死んだときに少しでも多くの人に本当に泣いてほしいというか、そんな感じ。あんまりいいことじゃないんだろうけどそれが今の本音だ。

ただ、その為になにができるかはわからない。必要とされたい、つまり正直な話愛されたいけど、どうやったらそれができるのかわからない。いい奴であろうとしてもただのいい奴で終わる気がするし、何か秀でた才能があるわけでもない。あるのは子供の頃から少しずつ広がった周囲とのずれ。それをないことにする術。これがまあ疲れる。みんなそうやって頑張ってるんだろうけどね。参ったなあ。

たぶんあれこれ考えるようなことでもないんだろうな。

 

まあ、あれこれと意味があるんだかないんだかわからないことをぐちぐち考えたり、焦ったり、イライラしたりしながらもがいています。